境内社のご案内

蛇松明神じゃまつみょうじん

  • 蛇松神社大祭5月18日
  • 御神徳商売繁昌、金運上昇、心願成就、病気平癒、延命長寿、立身出世

金運上昇、商売繁昌を願うなら蛇松明神へ。白山神社の神さまの使いでもあり、霊力に富むとされる蛇松さまは、巳成金(みなるかね)の信仰から、1月の初巳の日や、毎月の巳の日には大勢の方々が訪れるなど厚い信仰を集めております。
巳は「み」「身」に通じており、金銭財宝や福が身につくとされて縁起がよく、巳のおまいりは昔から「福まいり」とも呼ばれております。また、巳の日は、商売繁盛などの現世利益を祈願する弁財天の縁日でもあります。
この日、蛇松さまに、蛇のウロコに見立てた蛇の絵馬を捧げれば、願いが成就すると言い伝えられており、奉献されている絵馬には、資産運用、不動産、宝くじ等お金にまつわるお願いごとが多く見られます。

白山神社の蛇松伝説

江戸時代の中頃。信濃川の氾濫によって白山神社一帯も大洪水に見舞われました。だれもが自分の命を守るのもやっとというなかで、当時の白山神社神主・小林能登守直養は川中に、ひと筋の光り輝くものをみつけました。「これはただごとではない。神さまのお告げではなかろうか」と一心不乱に船を漕いで近づいてみると、一匹の白い蛇が水におぼれて息も絶え絶えの様子。神主は「これは可哀想に」と助けあげ、神社境内の老松の梢にそっと置いてやりました。すると白い蛇は、この世の者とは思えないほどの美しい姫へと身を変え、「ご恩は決して忘れません。神社の守り神となり、末永くこの地の繁栄と、難病苦難から人々を守るために祈ります」と美しい声で言い残し、姿を消してしまいました。
すると、見る見るうちに老松の幹は蛇のウロコ様に変わり、大空の真ん中から一条の光が差したかと思うと、これもまた蛇のウロコがはがれるように雲が切れはじめたのでした。そうして、止むことを忘れて降り続いていた激しい雨はあがり、嘘のように水が引き出したと言い伝えられております。

この霊験あらたかなる松は、その日から蛇松明神さま、蛇松さまと呼ばれるようになり、連日、おまいりに訪れる人が絶えなかったそうです。そのうちに、蛇松さまの樹皮を煎じて飲めば万病がたちどころに全快するという噂が広まり、毎日のように人が押し寄せ、松の樹皮はむしり取られていきました。

ある年の5月18日の晩。神主の小林能登守直繁がいつものように枕元に刀を置いて寝ていると、衣擦れの音がさらさらと近づいてきました。神主が「はて、こんな真夜中に」といぶかしく思いながら、ふと枕元に目をやると、行灯(あんどん)にぼんやりと照らされた襖(ふすま)が、音もなくするすると開くではありませんか。衣擦れの音とともに部屋へ入ってきたのは、たいそう見目麗しい若い女でした。そして女は、神主の枕元に座ると、しくしくと泣き始めたのです。神主は驚いて跳ね起き、「この真夜中に何者じゃ、何用あってまいったのじゃ」と叱りつける口調で言うと、女は泣きながら「ご不審はごもっともでございます。私は神社の裏の蛇松の精でございます。近頃、町の人々が私の皮が薬になると、毎日のように剥ぎに参ります。生身から皮を剥がされる痛さのために、私は毎日、毎日、泣き暮らしているのでございます。お願いでございます。なにとぞ不憫とおぼし召して、お助け願いとうございます」と繰り返し訴えるのです。神主が「願いの筋はわかった。明日さっそく何とか遣わすから、今夜はこれで帰ったらよかろう」と言うと、蛇松の精はすうっと姿を消したのでした。
翌朝、明るくなるのを待ち、神主は神殿の裏へ行ってみました。すると、昨晩、蛇松の精が訴えたように、幹の中ほどから這うように横に伸びる枝の樹皮が剥がされ、松ヤニが生々しく流れていた松がありました。それを見た神主は、人が入れないように松を玉垣で囲い、しめ縄を張り巡らせました。
松から樹皮が剥ぎとられなくなると、人々の願いは前にもまして叶うようになり、蛇松明神はさらに評判を呼びました。「福まいり」は心願成就、延命除災、健康、長寿にご利益があり、巳成金(みなるかね)の信仰で商売繁昌、福が身につくという噂が広まり、昭和35年6月に蛇松明神の神社が建てられました。

現在は、伝説の蛇松のウロコを、蛇の絵馬に代えて、願いごとを託して捧げていただいております。絵馬には資産運用、不動産、宝くじ等、お金に関わるお願いごとがされており、お礼まいりの参拝や絵馬も多く見られます。
蛇松神社の後方にたたずむ、ひときわ大きな松がご神木の蛇松です。1月の初巳の日や、毎月の巳の日には大勢の方々が、蛇の好物である卵を持っておまいりに訪れます。おさいせんといっしょに、蛇の好物である卵をお供えすると、願いごとが叶いやすいとも言われております。

お話は変わりますが、慈光寺(じこうじ)というお寺が、五泉市の南端、加茂市との境、霊峰白山の麓にあります。昔、この白山の山奥に住む大蛇の夫婦が、たびたび大雨や洪水を引き起こして村人たちに被害を与えていたため、困った村人は傑堂能勝禅師に頼み、夫婦大蛇に七日七晩説法をしてもらいました。夫婦大蛇は今までのおこないを悔い改め、暴れるのをやめたそうです。山を下りた大蛇の一匹は海へと向かいますが、白山神社で息絶えました。通った跡は滝谷川(たきやがわ)、能代川(のうだいがわ)、小阿賀野川、信濃川となりました。もう一匹のほうは、長岡市蓬平に行きつき、高龍神社(こうりゅうじんじゃ)の御神体になったと言われています。高龍神社は商売繁盛・出世にご利益があると有名ですから、蛇松明神と同じご利益があるのも、なるほど、うなずけるご縁です。

大祭参列ご希望の方は案内を発送致しますのでご連絡ください。

黄龍神社おうりゅうじんじゃ

  • 黄龍神社大祭5月3日
  • 秋祭10月16日
  • 御祭神黄龍八一分身金鶏供養宝船大権現
    (おうりゅうひのもとぶんしんきんしくようたからふねだいごんげん)
    御神威ならぶものなしと云われる大神にて産業、経済、病気平癒などにつき特にお聞き届けありと仰せられる。
  • 御神徳八方除け、方位除け、病気平癒、身体健全、建築の神

金龍ともされる黄龍さまは、信濃川中州の白山神社を聖地として、新潟の鬼門ひいては日本の鬼門を守る、開運厄除・受難除けの守護神で、天変地異があるごとに御霊を表して難を救ってくださると言われております。日本一の大河・信濃川、阿賀野川に鎮まっておられ、あるときは大雨洪水などの自然災害から新潟の地を守り、あるときは農作物に恵みの雨を降らせる、地と水を司る龍神が黄龍さまです。金運・開運はもとより、何事にも強い力を持ち、お守りが大変強い反面、おとがめも厳しい神さまと言われます。

さかのぼること1300年前、白山の頂上にて開祖・泰澄が修行中、緑ヶ池から9つの頭を持つ九頭龍が現れたそうです。「このような恐ろしい龍が白山の神さまの本当の姿とは思えない。これは仮の姿だ。真の姿をお見せください」と泰澄が念じたところ、九頭龍は十一面観音に姿を変え、それを泰澄は木に彫り、白山山頂におまつりしたのが始まりとされます。白山頂上には今も龍が棲んでいると信じられており、白山さまと龍の強いつながりを物語っているようです。また古くには、天を翔ける龍神の姿をした岩を、おまつりしていたとも。
現在の黄龍神社は、新潟地震、地盤沈下、新潟大火と災難が相次ぐ新潟のまちに、黄龍大権現をまつるようにとの御神託があったことから、災害が再び起こらないようにとの願いを込められて白山神社境内、新潟の鬼門である北西の方角に昭和41年建立されました。

黄龍神社と一番堀

新潟市の起点(中央区一番堀通町1番地1)に建つ白山神社。江戸時代まで神社は信濃川の中州で、現在も社の地下には信濃川の水が流れております。日本一の大河に鎮まり、地と水を司り、新潟の鬼門ひいては日本の鬼門を守る守護神、白山神社の黄龍さまのいかにも龍神らしさを思わせられる水との深い縁ではないでしょうか。
病気や災いは鬼門から入るものと、古来より考えられてきました。強運を身につけたい方は、ぜひ、黄龍神社におまいりください。龍が手に持っている宝珠にさわるとどんな願いもかない、欲しいと思っている財や宝を得ることができるとされております。

大祭参列ご希望の方は案内を発送致しますのでご連絡ください。

松尾神社まつおじんじゃ

  • 松尾神社大祭4月16日
  • 秋祭10月16日
  • 御祭神大山咋神、中津島姫神(市杵島姫神=弁財天)

松尾神社の祭神・中津島姫命(なかつしまひめのかみ/市杵島姫命=弁財天)は、七福神の中で「財の神」商売繁盛にご利益があると広く信仰されております。また、琵琶を持つ姿でも知られるように音楽・芸術・芸能の神、芸道上達を願う方の参拝が絶えません。「弁」の文字が表すように、話すことを職業にされている方にもご利益があるとされております。新潟の芸事の神さま、創造の神さまとして古くより広く厚い信仰を集めております。
弁財天のご利益はいろいろありますが、美人の女神さまゆえ、女性の悩みを解決に導き、美人力の向上にも効力があるとか。
酒の神さまでもありますから、米どころ酒どころ新潟の酒業繁栄や醸造安全などのご利益も。また、弁財天のお使いは白蛇で、近くに蛇松明神が祀られている縁もありますから、両方の神さまにお願いをすれば、より多くのご利益を頂戴できるかもしれません。
かつて松尾神社は現在の白山公園内にありましたが、白山公園造成にあたって神社は壊され、明治6年に白山神社本殿に合祀されました。その後、昭和39年に現在のこの地に再建されております。

大山咋神(おおやまくいのかみ)
京都の松尾大社と同じ山を司る神さま。醸造、お酒の神さまでもあります。スサノオ神の孫にあたります。
ご利益:酒業繁栄・醸造安全・製造安全・子孫繁栄・開運厄除・国土開発など。

中津島姫命(なかつしまひめのかみ)市杵嶋姫神(いちきしまひめのかみ)
弁財天と同神化された海の神さま。宗像三神三姉妹のなかでも美人の神さまとして有名です。
ご利益:海上安全・開運招福・金運上昇・芸能上達・美力向上など。

大黒だいこくさま

  • 7月30日
  • 御祭神大国主大神(おおくにぬしのおおかみ=だいこくさま)
  • 御神徳商売繁盛、営業繁栄、社運隆昌、開運招福、良縁結び、家庭円満、家内安全、家運隆昌

出雲大社の御祭神、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)は縁結びの神として広く知られております。男女の縁に限らず、人々が立派に成長するように、社会が明るく楽しいものになるように、互いの幸福のための縁が結ばれることで、仕事や学業、夢などさまざまな福とのご縁はかないます。大黒さまが福の神と呼ばれる所以でしょう。
商売繁盛、家内円満、いつも笑顔の神徳を持ち、とくに商売に関わる方々に福を授ける神さま、新潟の繁盛大黒として、古くより厚い尊崇を受けております。
霊峰白山の大汝峰頂上にも大黒さまが、縁深くおまつりされております。福袋と打出の小槌を持ち、米俵に乗る福福しい姿から、子宝、子授けの神さまともされます。

住吉神社すみよしじんじゃ

  • 8月上旬(新潟まつり)
  • 御祭神住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)、息長足姫(神功皇后)
  • 御神徳商売繁盛、心願成就、大漁海上安全、交通安全、開運厄除、五穀豊穣、子授け、和歌の神

享保6年(1721)の大洪水の後、阿賀野川の流れが変わった影響で新潟湊の水深が浅くなり、入港船舶が減少してしまいました。
港勢回復、商売繁盛の切実な願いから、大阪住吉大社より住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)息長足姫(神功皇后)を勧請。
延享5年(1748)には白山神社境内に住吉神社が建立されました。現在の本町13、14番町に鎮座していた湊祭(住吉祭)発祥の湊元神社である住吉神も、その後、合祀されます。
明治6年、白山公園造成のため住吉神社が取り壊され、住吉三神と息長足姫は白山神社本殿に合祀されます。
その後、住吉神社は大正2年に再建され、玉橋脇に「新潟湊鎮護 住吉神社」と石の大きな社号標が建立されているように、湊町新潟の商売繁盛、海上守護の住吉大神と神輿をおまつりしております。この神輿は新潟まつり(住吉祭)の際、御座船に奉戴して市中を巡行するもので安政5年(1858)に造られております。

湊を見守る「住吉さま」に感謝し、新潟の繁栄を祈る歴史あるおまつり

御稲御倉みしねのみくら

  • 10月17日
  • 御祭神御稲御倉神、稲荷大神
  • 御神徳五穀豊穣、農事安全、商売繁盛

お供えする抜穂の御稲を納めるお社で、外宮にはなく内宮にのみ建てられております。正宮にくらべると小さいものの伊勢神宮独特の唯一神明造です。白山神社が昭和39年の新潟地震の際、御本殿、御社殿が倒壊寸前、宝蔵庫が倒壊し、復興に全力を注ぐなか、昭和49年に御下賜いただいた由緒ある御稲御倉です。

稲荷大神 = 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
宇迦之御魂神は倉稲魂神とも記され、別名を豊宇気比売神(とようけひめのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)と言います。
「うか」「うけ」は食物を意味する古い言葉であり、また、「稲荷」は「稲生り」「稲成り」イネナリ、イネニナルの意味です。稲荷神像が稲を荷っているところから「稲荷」の字があてられたと言われております。
「稲」は収穫されて「米」となります。「米」は豊かさの象徴であり、古来より貨幣と同じように扱われてきました。貨幣価値を持つ米は経済に通じ、お稲荷さんは商売繁盛の神として、仕事で成功を願う方々の参詣が絶えません。
米一粒が何倍にも増えると同じように財が増える、商売繁盛、繁栄のご利益にすぐれた神さまが稲荷大神。古来より稲作を始めとする農業の守護、五穀豊穣、商売繁盛、事業繁栄、子孫繁栄のご利益があるとして、広く信仰されております。
2月の初午の日の「福まいり」は、とくにお稲荷さんの強い力にあずかれるということで多くの方がおまいりにいらっしゃいます。

道祖神どうそじん

  • 1月15日
  • 御神徳安産、子授け、子宝、子育て、夫婦円満、悪霊払い

男神・女神が睦まじく餅をつく姿が石に刻まれたこの道祖神は、安産、子授け、子育て、縁結び、夫婦円満に霊験があると言われております。
道祖神は一般的にサイノカミと呼ばれ、長野、山梨などに多く見られます。日本の最北端に安置されている白山神社の道祖神には、歴史民俗的にも大きな意義があります。
夫婦で仲よく餅をつく姿は微笑ましく、臼は女性、杵は男性に見立てられているそうで、古来日本のおおらかな信仰が込められております。
戌の日や土日には安産、子宝のご利益があるということで、遠方からおいでになる方々で列ができるほど、熱心な信仰をいただいております。夫婦仲良く手を取り合う道祖神に、心豊かに掌を合わせ、家内安全、家族の健康に、さらなるご加護を頂戴いたしましょう。

白山はくさんくくりいし

開山1300年の節目に、白山神社総本宮である白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)かた特別にいただいた御神石です。石の名前は主祭神である「菊理媛大神(くくりひめのおおかみ)」に由来しております。石に直接手を触れることで、白山さまの御力を授かれると言われております。
男女の縁に限らず、家族や仕事などさまざまのよき縁に恵まれ、より多くの幸をいただけるように。はるか300キロ先の白山頂上に鎮座する白山奥宮を、白山くくり石を通して、おまいりいたしましょう。

結びの絵馬/願いを届け、ご縁を結ぶ、新しい絵馬です。

むすびの銀杏ぎんなん

拝殿の左によりそって立つ雌雄2本の銀杏は、樹齢およそ200年とされております。いつのころからか、木をなでると、よいご縁をいただけ、子宝に恵まれ、安産で元気に子が育つと言われるようになりました。
恋愛成就や夫婦仲、家族の幸せが、かなうとされていることから、縁結びの御神木、子授け・子宝の御神木として、古くより信仰されております。毎年、豊かに実を結ぶ夫婦銀杏にあやかりたい善男善女が、大勢おまいりにいらっしゃいます。

歯の神様・医療安全の神さま

江戸時代中期。最後の女帝として知られる後桜町天皇(1740-1813)が歯痛で苦しんでおりました。女官が白山神社(東京)から持ち帰った神箸(しんばし)と神塩をつけたところ、たちまち歯痛は治ったことから、白山神社には「歯痛平癒」のご利益があると噂されるようになったと伝えられております。
歯痛は風邪と同様、人間にとって最も身近な病気で、なおかつ万病のもとです。歯科医は江戸時代から存在したようですが、当時、歯の痛みは生死に関わる大問題だったため、人々は耐え難い痛みを鎮めるために苦しいときの「神頼み」「まじない」として『歯の神さま』にお祈りしていたのでしょうか。治療技術が十分でない時代には、なくてはならない信仰であり、現在では「医療安全」の神さまとされております。
とくに虫歯の痛みにご利益があるとされているのには、白山の修験者の一人が荒行に耐えて成し遂げた「歯痛止めの業」をもって、虫歯の痛みを和らげたということで、当時の多くの人々から篤い信仰を集めたそうです。
白山神社の箸を使うと不思議と歯の痛みが治まった、という故事が全国的にもたくさん残っており、宮中では初めて鉄漿(おはぐろ)をつけるときには、白山神社の神楊枝(昔の歯ブラシ)と神塩を使っていたそうです。歯の業界、歯ブラシや虫歯対策用品などでは、全国的にも知られた神さまと言えましょう。
白山神社の箸を使うと虫歯にならないという逸話も残されており、歯の悩みのある方々が大勢、参拝に足を運ばれます。正月には歯科医院や歯科学校の方々が、一年の医療安全や患者さんの歯の悩みがなくなるようにと祈願にいらっしゃいます。境内には歯科大学合格祈願の絵馬が奉納され、若い世代にも歯の信仰が引き継がれているようです。
語呂合わせで「歯苦散(はくさん)」と親しまれているのも、霊験あらたかなことから、道理であるかもしれません。