ご祈祷

必勝祈願

武神・鹿島大神・香取大神をまつる

常陸国一の宮である鹿島神宮のご祭神、武甕槌大神(たけみかつちのおおかみ)を白山神社本殿におまつりしております。ご利益は、立身出世、必勝祈願、旅行安全、開運、金運、厄除け、商売繁盛、安産、子育て、縁結びとされ、武神の武甕槌大神ということで、必勝祈願で全国的に有名であります。
武甕槌大神は火の神より誕生した神で、出雲の国譲りの神話では、香取神宮の経津主大神と共に剣の武威で大国主命を従わせ日本を平定した神とされております。
また奈良時代九州に向かう防人たちが武運を祈り旅立ったのが「鹿島立ち」の起源でもあります。
名前の「ミカヅチ」は雷のことであり雷神は剣の神様でもあります。雷神、刀剣の神、弓術の神、武神、軍神として信仰されており、鹿島神宮、春日大社および全国の鹿島神社・春日神社で祀られております。
武甕槌神が香取神宮に祀られている経津主神(ふつつぬしのおおかみ)と共に武芸の神とされていることから、剣道や柔道、武術の道場には「鹿島大明神」「香取大明神」と書かれた2軸の掛軸が対になって掲げられていることが多く見られます。

武運の神 八幡さま

はくさんさまと関係の深い神様として、新潟の守護神として白山神社本殿に八幡大神を配祀神として古くよりおまつりしております。
八幡さまは、全国の武士から武運の神「弓矢八幡」として崇敬を集め、中世においては、皇室・朝廷や武家の守護神とされておりました。平安時代以降、武士の尊崇をあつめて全国に八幡神社が勧請されました。
白山神社にも、戦国時代には戦の前に戦勝祈願、必勝祈願に訪れており、上杉景勝をはじめ、その時々の権力者や藩主がおまいりに訪れております。

上杉の必勝祈願 白山城 勝負事のはくさんさま

天正6年(1578年)上杉謙信が急逝すると、景勝と景虎の二人の養子が上杉家の家督を巡って争った御館の乱が起こりました。
上杉景虎側の新発田軍は南下して新潟方面に進出し、沼垂津を押さえ、続いて新潟津、白山島に白山城(新潟城)を信濃川の中州に築き、湊の利権と支配権を手に入れます。重家は新潟の湊に入る船が景勝に納める税金を奪うことに成功しました。新潟は日本海航路の重要拠点であり、商人で賑わっていた白山島、新潟湊を手にいれ、経済的にも軍事的にも優位に立つことになりました。
管窺武鑑、北國太平記によると、天正13年(1585)白山島には上杉景勝と新発田重家が戦った白山城(新潟城)があり、城内に白山大神をおまつりし、商人であふれ賑わっていたという記述が見られます。当時より商売繁昌の神、新潟の守り神、鎮守さまとして崇められていたのがわかります。
武家からは必勝の神、商人からは商売繁盛の神、また古くより鎮守さまとして信仰を集めてまいりました。
当時から勝負事の神様として白山神社と信仰されていたという記録が残っております。
後に上杉景勝が戦勝の帰途に、鏡と啓を白山神社に寄進し、必勝祈願のお礼まいりに訪れた記録が残っております。

むすびのはくさんさま 「いい結果にむすびつく」

はくさんさまの「むすび」のご利益は全国的に有名であります。「努力が実をむすぶ」「いい結果にむすびつく」「成果が実る」とされ、「チームが結束する」「チームワークがよくなる」とも言われ、多くの方々の信仰を集めております。
野球部、サッカー部、バレー部、バスケット部、ラグビー部、剣道部、柔道部、吹奏楽部等々、多数の高校、大学、社会人、プロスポーツの団体が大会前になると毎年必勝祈願に訪れます。
また、選挙の必勝祈願や会社の営業の必勝祈願、目標達成祈願、映画の必勝祈願、成功祈願、また、県民会館や新潟テルサ等に出向し、コンサート、ライブの必勝成功祈願など、多岐にわたる必勝祈願が長年行われております。

お守りのご紹介

勝守

朱・黒/7×4cm
頒布価格 各1,000

サッカー御守

7.5×5cm
頒布価格 800

祈願絵馬

9.5×14cm
頒布価格 800

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